検品機

こんにちは。
江戸川工場・工務のSです。
今回は自分の仕事のひとつである検品について話したいと思います。

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検品する機械は工場3F事務所入口入ってすぐのところにある機械です。
皆さんはこの機械を刷出しの汚れ・ゴミ等を見つける検品機だと思ってると思いますが、少し違います。
正確にはベースとなるマスタ画像と検査画像を比較し、差異を検知する機械です。
即ち、注意すべき点としてはベースとなるマスタ画像から同じゴミ・汚れが連続して発生していた場合は、比較しても差異として認めないためマスタ画像自体も目視で注意して見る必要があります。

現在は主に小型機で刷った特定の得意先の表紙(表裏)の検品で使用しています。

○検品機を使っていて感じるところ。
・スキャニング時間が短い(体感的に10秒くらい)
・ワンクリックの簡単検査。
・マスタ画像と検査した画像を交互に表示するので、問題箇所を確認しやすい。
(ピンホール、文字欠け、インキ飛び等)
・現在(当社)の機械は表裏の片面ずつしか検品出来ないので、今後両面検品出来る機械(コピー機の様に用紙を流して検品できる機械)の開発を切に願う。(→実現すればより検品時間の短縮になるため)
・高性能故刷り物の微細な濃淡や明暗、位置の違いまでも検知してしまうため最終確認目視が欠かせないので、その辺の調整も出来るようになればありがたいと思ってます。

○操作(検査)手順
・印刷終了後、小型工務から検査依頼がきます。
・PCと検品機の電源を入れる。
・ベースとなるマスタ画像(刷出)をスキャン。
・検査する画像(刷出)をスキャン。


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刷出を機械にセットします。(マスタ刷出と検査刷出をスキャンします。)

 

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左はスキャン中の写真 右の写真の左側がマスタ、右側が検査対象の刷出をスキャンしたものです。

・機械がマスタ画像と検査画像を比べて、検査(検品)します。
 差異があると、ディスプレイに問題箇所が表示されます。
(見方:青→問題なし、赤→問題有り)
 赤い部分をクリックすると問題部分の詳細が表示されます。

 

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※左写真は検査中、右写真は検査終了後の写真です。


・検査結果に基づいて刷出にチェックします。(刷出の問題箇所に赤丸をします。)
・表裏をひっくり返して、上記の作業を繰り返します。
・PCと検品機の電源を切る。
・検査終了後は小型工務に刷出を返却。
 その際に問題点があれば報告をする。

おおまかですが、機械操作の手順になります。
写真見にくくてすいません。
作業時間は約20分くらいで終わります。(検品する枚数により作業時間は前後します。)

操作は思ってるより簡単で、誰でも扱えますので興味のある方は自分に声をかけていただければお教えします。

 


日本で色が意識された時

五反田営業所デザイン室のです。

いよいよ平成から令和へ、新しい時代の幕開けから1週間が経ちました。

恐縮ですが、私はGWに毎年京都へ遊びに行きます。
歴史ある寺社仏閣を見ていると、こんな大昔でも鮮やかな色、綺麗な模様が作り出せるのかと感動してしまいます。

日本で色が意識されてきたのは、飛鳥時代、
聖徳太子が制定した「冠位十二階」ではないかと言われています。

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位によって、冠の色が上から紫・青・赤・黄・白・黒と決まっていました。さらに同色でも濃いほうが上の位とされ6色×2段階ずつ=12段階。
身分で色が決まっていたので、身分不相応の色は使えませんでした。

では、それぞれの色について少し掘り下げてみます。


古くから紫色を出すには特定の貝の内臓や紫根(しこん)などを使用していましたが、美しく定着させるのが困難なことから非常に高価な色でもあったそうです。


藍色の仲間にある「褐(かち)色」は、「勝色」とされ、縁起がいいということで武家に広く好まれました。


比較的古くから豊富な染料を持つ赤。
当初は赤根という植物が使われていました。「茜色」の語源にもなっています。


この時代ではさほど身分が高くない人の色でしたが、時代が進むと天皇や皇太子専用の黄色が現れ始めます。


古代「純白」を作り出すことがとても難しく、やはり高貴な色とされていましたが、純白以外の黄みがかっていたり黒みがかった白色も「白」と呼んでいたため、冠位十二階では下の方の序列になっています。


古代の日本人は、主に黒、赤、青の三色を魔除けや病気快癒のおまじないとして扱っていたそうです。
また「汚れが目立たないから」という実用的な理由もあるそうです。

それぞれの色が持つ意味や成り立ちを踏まえて、配色の時の参考や意味づけに少しお役に立てれば幸いです。

 


フォント(書体)について

DS課のWです。

 フォント(書体)について書いてみたいと思います。今回は欧文書体につきまして。

 PCでの作業当たり前になる以前、活字からはじまり、写植となり、1985年にページレイアウトソフト「PageMaker」の販売されるとDesktop Publishing、いわゆるDTPが広まっていきます。

 そこで使われるのがデジタル書体をフォント(Font)となります。

 1986年にリリースされたFontographerの登場でMachintoshで上でフォント作成を手軽に行えるようになり、その優れた操作性から、世界中のタイプデザイナーやグラフィックデザイナーに認められ、今でもオリジナルフォントの作成や外字作成など多くのフォント制作で使用されています。

 英語はデータ容量も軽い1バイト(256種類)言語で表記できるためDTP草創期より多数の書体がPCに付属していたことから書体選択の自由を手に入れることになります。さらにFontographerを使うことでオリジナルの書体の作成が一般の人でも可能になり、映画のタイトルをモチーフにしたものや、あったら便利な記号・サインをまとめたものなど、インターネットの普及もありブームといえるほどのインディーズフォントが巷にあふれていきました。

 そういった、ある種混沌と言えるほどの状況の中から必然的に淘汰、再考が行われ、魅力的なカタログを持っているメーカーのみが生き残っていきます。

 とりわけインディペンデントの中でもアメリカの1984年設立のエミグレ(Emigre)、ドイツの1991年設立のフォントショップ(FontShop)により斬新な書体が立て続けに発表されていきます。

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 エミグレ社は、そしてコンピュータ用に作られたオリジナルフォントを設計する最初のタイプのファウンドリーと言われています。そして1980年代後半と1990年代のかなりの部分を通して、最も最先端と言われる書体のいくつかはEmigreによって開発、リリースされてきます。

 その間同社は書体を紹介する雑誌エミグレ誌(Emigre magazine)発行し、誌面でもそれらの書体デザインの可能性を提示し、またグラフィック表現の斬新さから有名になっていきます。

 日本での使用例、中でも楽天の “Base 9 Sans”、C.C.Lemon の“Triplex Serif”、明治学院大学の “Manson Serif” あたりは非常に有名です。

 2011年1月にはニューヨーク近代美術館MoMAが新たなアート作品としてフォントを加えました。エミグレからKeedy Sans、Mason Serif、Template Gothic、Oakland、Dead Historyの5書体がコレクションに選ばれています。

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 フォントショップ(FontShop)は “デザイナーがデザイナーのためにデザインしたタイプフェイス” というねらいで展開させていきます。また、1991年から2000年の間に、タイポグラフィーの実験用雑誌、FUSEをアートディレクターのNeville Brodyと18号発行しています。

 フォントショップからもFF Meta、FF Blur、FF DIN、FF BeowolfがMOMAのコレクションに加えられています。

 両誌ともが提案したフォント使用の実験が一般紙に広まりデザインにおける可読性論争が巻き起きます。端的に言うと紙面がカッコよければ読めなくてもいいのかということです。デジタルになってハンドリングできる領域が広がったことの功罪ともいえるのではないでしょうか。雑誌「Ray Gun」などが極限まで推し進めた結果ブームは終焉を迎えます。

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 インディフォントの熱気や可読性の論争が落ち着くと、当初、奇抜とも斬新ともいえる書体開発のメーカーという印象を抱かれがちだったエミグレは1990年代後半からは古典回帰の見せ始め、様々な伝統書体の復刻、翻刻を積極的に行い発売し始めました。

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 フォントショップにおけるベストセラー書体FF DINはドイツ工業規格のための書体で、ドイツの高速道路で使われています。FF Metaなどと世界的に大流行し、現在も引き続き多くの媒体で多用されてます。

 新しいものから古いものが再び見直されて豊かな文化が形成されていくといういい例ではないでしょうか。選択肢の多いがゆえに使う者のセンスが問われるのは間違いないですが。

 


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